SEAA6:報告1

6月7日(土)から10日(日)まで,第6回東アジア考古学会大会(SEAA6)に参加してきました。

今回の大会はモンゴル国立大学で開催され,多数の国々(中国,韓国,台湾,モンゴル,日本,ヨーロッパ,アメリカ,カナダなど)から200名以上の参加がありました。セッションは25あり,下記は私が出席したものです。 

6月7日(土)
  • 02 Archaeology of Mongolia
このセッションはモンゴルの考古学に関する近年の研究成果が報告されましたが,主に人類学的な手法に焦点があてられていました。いくつかの報告では先史時代のモンゴルにおける生業活動の研究が報告されました。
私はモンゴルの考古学に関する情報や専門知識がありません。特に,「鹿石」(シベリアやモンゴルで見られる刻印が彫られた古代の巨石記念物)についてはまったく知りませんでした。8日にモンゴル国立博物館へエクスカーションで行った後,この博物館でこれらの石が展示されていたため,ようやくこれらの特徴を理解できました。 

6月8日(日)
  • 09 Charting the Social Lives of Objects and Goods in China: Perspectives from Archaeology and Art History
トピックとしてヒスイ製品,剣,玉類,遺物の産地,塩の生産や伝播などが報告されました。これらのトピックは中国の生業活動に関連していたので非常に興味深く感じました。
  • 11 Starting Over Again: the Early Palaeolithic Research in Japan Today 
すべての報告者が旧石器文化を専門とする日本人考古学者でした。もし日本以外の研究者がこのトピックを語ったならば,このセッションはまったく違ったものになっていたかもしれません。
 
理由の1つは報告者の多くが日本の旧石器ねつ造事件について触れていたからです。もちろん,研究者倫理としてこの事件は記憶にとどめる必要があります。しかし,このような国際会議であえて触れることはもう必要ないのではないでしょうか。海外の研究者の中には,日本の考古学者は自分たちの研究成果に自信をもっていないととらえる人たちもいるようです。

ある参加者が報告者たちに対して,「この事件を語るのはもうやめよう。われわれはあなたがた日本人の最新の研究成果を信じている」と述べていました。私はこの言葉にとても刺激を受けました。

理由の2つ目はすべての発表のスタイルが多くの日本の考古学者たちに特有のスタイル,すなわち自分たちのデータについて語るのみであったことです。データの提示は非常に重要なことです。しかし国際学会では,データにもとづいて自分たち自身の物語を語る必要があるのではないでしょうか。大胆な憶測を行うという意味ではなく,仮説の検証や解釈をもっと提示する必要があると思います。

国際学会での発表スタイルは日本の学会でのスタイルとは変えたほうがよいのではと改めて考えさせられました。
 
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他のセッションについては次の記事で報告します。

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